レッスンのこと

親から見た、受験までのレッスンの振り返り

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 我が家の場合は(子供二人)、教室へ通い始めたころは音楽の道に進むなどあり得ないことと思っていました。楽しく学んでいくうちに、小学3、4年生の頃、音高から音大へ進むことを考えるようになりました。
 
音大生の中では小さい頃から音楽の道一直線の方が多いですが、レッスンを受けながらも進路に悩み、高校生になってから決心する方もいらっしゃいます。そこに至るまでの道は人それぞれです。ここに書いたことは我が家の体験をもとにしたサンプルなので、「ほんの一例」として、こういうパターンもある、という程度に読んでいただければ、、と思います。(以下は過去のブログ記事を編集したものです)
※専攻はピアノ・バイオリン。
  • ヤマハ時代(楽しいのが一番/もしも迷ったら)
  • 個人の先生時代(厳しいのは当然/「教える」プロとは)
  • 大学の先生時代(受験準備/音高模擬試験)
4歳スタート。実は・・最初はグループレッスンに抵抗がありました。歌をうたったり、遊んでいるだけのイメージで・・。自分が子供のころ個人の先生に習っていたこともあり、ピアノの「実技」をきっちりと教えてもらいたい、という思いがあったのです。早く「ピアノを弾ける」ようになってほしかった。(この頃、頭が固かった。)でも、体験レッスンに行き、子供の嬉しそうな顔を見て気が変わりました。今思えば、最初に教室を選ぶときに一番大事にするべきことは、その時間を楽しかった、と子供が感じられるかどうか、です。(しかも、遊んでいるだけのようで、実はきっちりとカリキュラム通り進んでいました。これも、見分けるのが難しい部分ですが重要です。)個人レッスンにするかグループにするかは、見学してから決めることをお勧めします。うちの場合は、小さい頃はグループが合っていました。まず最初に音楽=楽しいという気持ちを植え付けてもらえました。

楽しいのが一番

最初に通ったのはヤマハです。

楽しかったですよ。

ヤマハの良かったところ

① お歌の時間が良かった。 耳がよくなるから。

やっぱりこれが一番かなあ。

しーしし れーし

そそらら しーそー

と、歌いながらスキップしてレッスンへ向かっていました。

もう、にっこにっこしながら。

 

レッスンの最初に先生が弾くピアノに合わせてドレミで歌います。実は試験に出る、覚えることになっている曲が何曲もあって、それらを知らず知らず暗譜していきます。

この初期のソルフェ訓練のおかげで我が家のふたりのお耳が育ったのは確かです。家ではぷらいまりーのCDをずっとリピートしてかけて聴いていましたし。

たぶんみんな、耳が良くなります。J専でなくても、普通の幼児科さんからのコースでも。

② グレード試験があるのが良かった。1年に1度は頑張らねばと思えるから。

初めて受けるとき、私と離れて一人で部屋に入るときに不安そうにしてたなあ。

ソルフェがだんだん、難しくなっていくので準備が大変になります。

③ お友達ができるのが良かった。 

このあと個人の先生について、一緒に頑張るお友達がぐっと減ってしまったので寂しかった・・仲良くなった子たち、みんな元気にしてるかなあ。

10人くらいいましたよ。

みんな音楽続けてるかしら。

 

④ J専があるのが良かった。

もうちょっと頑張りたい子はJ専という道が。

我が家も勧められるままJ専へ行きましたよ。

しかし J専はどこにでもあるわけではなかったのです。

 

お引越しした土地で、ヤマハの受付の方に「J専て何ですか」と言われてしまいました・・たまたま入って日が浅いとか、なにがしかの理由があったに違いないとは思うのですが、、J専がないなんて。ショックでした。

 

J専の思い出と言えば、、ちょっとここから本音コメントです。

(先生が、コンクールの前になると突然怖いんです)

(なぜ~)

(泣いちゃう子もいましたよ~)

でももちろん、こういうのは教室により全く違うはずです。

うちが通ったところは、ほぼ必須の雰囲気でみんなコンクールを受けてました。

だから、ちょっと親のほうもコンクール疲れがありました。誰が受かった、誰が落ちた、など、結果が掲示板に張り出されて分かってしまい、ちょっと気疲れしてましたね。

 

追記: バイオリン(子供&大人)も、場所によっては開講しています。ヤマハらしく、CDに合わせて楽しくレッスン、という形態です。ただ、時間が短いので仕方ないのですが、できることが限られているように思いました。「ひたすら楽しく学びたい」なら、おすすめします。

 

我が家はたまたまヤマハに行きましたが、もちろん、他にも創意工夫に満ちたレッスンをされている教室はあります。お子さんに合うところを探してあげてくださいね。

もしも迷ったら

もしも、どういう教室が良いのか迷いに迷って決められない~というときには・・

以前にもご紹介したこちらの本が参考になるかも。

 

音楽教育革命

 

きっと、ヒントになるものが見つかると思います。

分厚いですが、読みやすい本です。主催されている教室の紹介が主かと思いきや、そうでもない。心に迷いがあるときに決め手となってくれる言葉があちこちにあって、自分と子供にとって大切にしたいものは何?という問題にじっくり向き合えます。

これだけ子供の気持ちはもちろん、親の気持ちにまで寄り添いながら本物の音楽教育を考え、与えてくださる教室・先生にはなかなか出会えないのが現状かも、、と思うのですが、、こういう本が出るということは、裏を返せば、音楽教育界ってまだまだこれから大きく変わっていけるってこと?と、そちらに期待してしまいます。楽しみですね。

この頃のことを書いた昔の投稿:

蝉の声はファ 思い切り遊んだ記憶 親の耳 ソルフェージュのこと ソルフェージュを習うとこんなかんじ

小学校中学年スタート

※ 個人の先生、とは一般的には「個人で教室を開いている町の先生」にということになりますが、当然、さまざまな先生がいらっしゃいます。音大教授ではなくとも門下生に名門音大への合格実績やコンクールでの入賞実績があると、評判を聞いて上手な生徒が自然と集まってきます。その中にいると切磋琢磨されて上達していくのは確かですが、レッスンは厳しいことが多いです。

転居にともない、それまで楽しく通っていたヤマハを辞めました。でも、時期的に「音大どうだろう?」と考え始めていたころなので、結果的には良かったのかな、とも思います。ヤマハがどうこうということではなく、「いつまでにどの程度の力があれば目指す大学に受かるものなのか」をずばり知りたかったのです。「今の状態で間に合うのかどうかを知りたい」と思っていました。そのためには、当時の私には、その道に詳しい他の先生を探すよりほかありませんでした。(探し方としては今はネットを活用するのも良いかもしれません。ピアノではピティナの先生紹介などがあります。)

と、そんな思いで探しに探して巡り合えた先生。個人で教えていらっしゃる先生です。大変お世話になりました。そして、一人の先生から輪が広がり、さらに転勤による再度の転居やらなにやらで、あれよあれよという間に何人もの先生にお世話になることに。

下記は「音大を目指していた」からこそ、のレッスンですが、「うちは趣味でやっているのに」という場合でも、このようなレッスンが行われる場合があります。それで困っている方を何人も目撃しましたよ・・ 先生にしてみれば上達を願い、熱心に教えてくださるからこそなのですが・・・ お子さんの様子を見て、これは合わない、と思ったら教室を変える勇気を持って良いと思います。先生方はポリシーを持って教えてらっしゃいます。だからこそ、合う合わないは当然、有ります。お子さんにぴったりの教室はきっとあります。音楽嫌いになりませんように。

厳しいのは当然

厳しいのは、当たり前です。 まず、より良い音楽を求めての厳しさは当たり前だと思っています。

例えば、

レッスンでは「弾けてなくて怒られる」という場面が非常に多いのですが、

「弾けてない」というのはつまり、「先生が思うようには弾けていない」ということであり、それはもはや、たとえばピアノでいうなら和音を外してしまう、とかそんな問題ではないのです。ミスがどうの、という問題ではない。

なぜ先生の考える通りに弾けないのか、ということなんですが、分析してみると、要するに「何をダメと言われているのか分からないから」ということが多いです。

分からないまま帰るので、次も怒られる。

何を求められているのか、ということをたっぷりと研究していかないと、いつまでも前進しないのです。(特にバッハは時間をかけて取り組まないと大変なことに。)小学生であっても、容赦なし。

こういう厳しさは、あって当然ですね。ここでとことん悩んで自分で解決するように育っていないと、後で自分が困るのです。

ただ、その時に先生が「怒る」必要はあるのだろうか、とは思います。

褒めて育ててほしい、なんて甘いことは思っていません。 ただ、怒るだけでは伝わらないし、良い方向へは向かわないのでは、と思うのです。

怒るのは、「怠け」に対してだけで良いのでは? と、個人的には思います。

 

「教える」プロとは

ここから先は、自分の経験と、かつての知人の悩みをもとに、書いています。

 

(まず、上の「厳しさ」とは別の話ですので誤解しないでください)

いろいろな考え方があり、マナーとは?常識とは?モラルとは?というのも何が正しいとは言い切れないものです。

そもそも先生というのは、どうすれば生徒が伸びるか、ということを常に研究するのが本来では、と思うのです。もちろん、生徒が懸命に努力し、ついて行こうという姿勢を見せているならば、ですが。

師弟関係なのだから、そういうものではない。と仰る方がいました。そうでしょうか?

なかには、前の時間の生徒さんに対するイライラがそのまま次のレッスンまで引き継がれ、常に感情的な方もいらっしゃいます。

子供に対し、音楽とは無関係の、ハラスメントに該当する言動をとる方もいらっしゃいます。自分がそのように教わってきたからそれが伝統、と信じていらっしゃる方も。

時代とともに向上するべき「モラル」があるのでは、と私は思います。

先生と生徒という関係ではありますが、「教室」という看板を出している以上、先生は「教える」プロであるはず・・ ときには、プロとしてどうか、と自ら立ち止まり、考えることも必要なのではないでしょうか。

学校の先生や会社員なら監督者研修、ハラスメント研修、など折々に自分を見つめ直す機会が外から強制的に与えられます。他者に対する振る舞いを見つめ直す機会があるのです。自営業の会社や店舗にもそれぞれ、一番に思いやるべき相手となる「取引先」や「お客さん」が常にいます。

しかし、「個人経営の音楽教室の先生」にはそういうものが、いつまでも「ない」。

本来は「生徒」がその相手(お客さんという意味ではなく。)ではないかと思うのですが、自分は「師匠」であり「弟子」に請われて教えているのだから、思いやる必要などない、という考えの方も、実際にいらっしゃいます。

周りは誰も指摘しませんから、自分で気づくしかない。生徒もその親も、何も言いません。もうこれまでだ、と思えば黙って去って行きますから。(中には去ることができない場合もありますね・・・ 悲劇です。)

音楽に限らず、「師」として人に物事を「教える」仕事は色々あるでしょう。成長できるかどうかは自分次第、という数少ない職業だと思います。

この頃のことを書いた投稿:

グランドピアノが来た日 レッスンの必須アイテム お迎えの苦労 予選突破を目指していざ!

この頃読んでいた本:千住家の教育白書 (千住文子)  当時天才少女と名高かった真理子さんも厳しいレッスンに耐えていたと知って、くじけずに頑張ろうと思ったものです。

小学校高学年スタート

いよいよ音高~音大への進学を決めて、志望大学(某私大)の先生をご紹介いただき、月に数回、見ていただくようになりました。親子で毎回緊張して胸が苦しいほどでした。でも・・かつては震え上がるほど(ウワサですが)厳しかったとお聞きしましたが、私の心の中では的確なご指導と、威厳と、温かさ・・そんな印象です。素晴らしい出会いに感謝。

レッスンには本人としては「完璧」に近い状態で曲を仕上げて持って行けるように努力していました。本来は、もう自分ではこれ以上何をすればいいか分からない、というレベルまで高めておき、そこに先生が「ちょいちょい」と魔法のように輝きをプラスする方法を教えてくださる、というのが理想なのですが、、なかなか難しいです。バッハなどは暗譜が飛ばないように、電車の中でよく、構成を確認していました。

ちなみに、音高に入るまでは大学の先生と個人の先生は並行して通いました。つまり、通常のお月謝プラス謝礼が月2回かともすればそれ以上。

親も付き添いに、送迎に、気疲れが多いです。この時期は親子して相当大変だったはずなのですが、たぶん必死になっていて気を張っていたのか・・風邪も引かず、飛ぶように過ぎ去っていった日々、という感じです。あるいは、もう受験が目前で、「あとちょっとだ、がんばれ!」と自分を鼓舞していたのかも。

受験準備

中学生で習っていた曲:一般的に受験までに必要と言われているものでした。ピアノはバッハは小学生から引き続き「平均律」、エチュードは「モシュコフスキ」を全曲行ったり来たり。「ツェルニー50番」も並行してやりました。ショパンエチュードは高校からで十分、後に取っておきましょう、とのことで進みませんでしたが、この時期には既に数曲弾いているという子も多いです。曲は、ベートーヴェンソナタをよく弾きました。あとはリストの小品などいろいろ。バイオリンはエチュードはローデ中心でした。ビブラートばかりでレッスンが終わることも。曲は、入試課題曲でお馴染みのヴュータン、サンサーンス、ラロ、ヴィニアフスキなどをくまなくやりました。バイオリンは、レパートリーが限られていて皆が同じ曲を弾くことになりますね・・そのためこれらの曲についてはどんどん耳が肥えていきます。

音高模擬試験

中学2年生の夏休みに音高の模擬試験(中1から中3までが受験可能)を受け、合格圏内という判定をいただいてちょっと安心しました。模擬試験は、ソルフェージュや楽典などの筆記と、実技を1曲のみ演奏します。本番と同様に行うので緊張感があります。しかし、最終日に受験者全員の成績分布表が配られるのですが、それを見ると大半の人が、「合格圏内」。そもそも、受かるレベルの人しか受験しに来ない、という状況のようでした。受験料も高いですしね・・

これで入試は大丈夫そうかな、ほっ。とは一瞬思いましたが、それで気が緩んで練習しなくなる、なんてことにはなりません。そもそも、そのレベルを1年後までキープするのでさえ大変なことであり・・あの受験者たちが全員揃って受験までさらに磨きをかけてくる、と想像すると、入学後はどれだけすごいことになるのかと、身の引き締まる思いでした。それでも、模擬試験以降はやはり、精神的にはかなり楽になっていた気がしますね・・

実技だけでなく、ソルフェージュもしっかり準備が必要です。準備が甘いと入学後、ついて行くのがかなり大変になります。聴音については、大学別に聴音模擬試験 というCD付き問題集が販売されています。

本来は大学入試用なのですが、ある程度基礎力があれば、中1くらいからこれを使って訓練できます。高いですが、しっかりやれば別個にソルフェの教室に通わずともこれだけで済みますし、そうなると実は相当割安です。楽典も、問題集と参考書を使った自習で対応出来ます。ただ、自習には向き不向きがあるので、中2ごろまでには見極めが必要かと思います。その他、大学別問題集など

この頃のことを書いた投稿:

指のこと(ピアノ) 覚悟が要ります!習い事の送迎 レッスンのお礼の渡し方   音高課題曲 音高受験 英語編 音高受験 実技試験編

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送迎のこと

  • 覚悟が要る、と後で知る

子供はレッスンが大変なのですが、親の方は「送迎」が大変になってきます。

とはいえ、「大変」ってことが最初は分かりませんでした。楽しみにして通い、面倒とも思わないし、嫌なはずもない。なのに年月が経つにつれ、じわじわっと、「疲れた・・」と思い始めた気がします。気づけば、「負担」と感じていたような。たぶん送迎そのものではなく、レッスンや、先生に対する気疲れ、その当時抱えていた他のこと、色んな要素が絡んで「教室に向かう」=「疲れた」という思いに繋がったんでしょうね。

実際、ほんの30分であっても、運転して往復するのはしんどいです。送り届けてトンボ帰り、家事を済ませてまたお迎え、というのは確かに疲れます。かといってレッスンに同席するのも気疲れする。それでも、可愛い我が子のため。選択肢としては、子供だけで通わせる、タクシーを使う、教室仲間のお友達ママと交代で、などの方法もあるかと思いますが、私は事故が心配なのと時間が不規則だったこと、子供二人を別々に送り届ける必要があったこともあって最初から必ず自分の運転で行きました。車以外でも、電車で3時間かかる先生宅に月数回、同行していた時期もありました。でも中には、親子で毎月のように飛行機でレッスンに来られる方もお見掛けしました。頑張り方にも上には上が・・。

この頃のことを書いた投稿:

覚悟が要ります!習い事の送迎 お迎えの苦労

 

仕事と両立

  • 仕事を見つける
  • 家事をどうするか
  • 生協は必須
教育資金に余裕があれば本当は専業主婦になりたかった・・なるつもりでした。でも音大はお金がかかります。働くしかありません。これについては数年前に別のブログで書いていたので、それを引っ張ってきました。よろしければそちらをご覧ください。過去のブログより抜粋   派遣会社登録は→ あなたに合った派遣求人ならマイナビスタッフ!!  

家事は、家族の協力なしにはやれない気がします。中には、一人で全部できちゃうスーパーウーマンもいらっしゃるかもしれませんが、私は、一人ではとても無理でした・・夫はやらないので、子供たちに協力してもらいました。

(以前の投稿より)

家事・勉強。隙間時間に詰め込む方法

うちは、共働きでした。(今もですが。) というより子供たちも子供時代から決してのんびりとは過ごしていなかったので、「全員働き」で過ごしてきました。

なぜそうなったか、というと必然的に、です。 今みたいに「イクメン」なんて言葉もなかったし、夫は家事などやりません。当時でも「イクメン」系の男性の話は噂には聞きましたが、うちは真逆でした。

なおかつ、実家が遠い。兄弟姉妹宅も遠い。フルタイム正社員、休日出勤、残業あり。そして子供たちは毎日のように鬼レッスンがある。

大変でしたよ。でも、なんとかやれました。もちろん、いろいろと反省点は多いです。

でもうまく行った点も多いので、その部分だけでも何かの参考になれば、と思い、まとめてみました。

① 夫(妻?)に多くを望まない。

望んでも、腹が立つだけなんです。夫は変わってくれません・・ 5年間くらいあらゆる手を尽くしましたが、変わりませんでしたよ。そんな夫を自分で選んだのです。あきらめるべし。イライラして家庭が暗くなっていくだけですから・・。

② 子供に小さいころから家事を任せる。

夫は早々にあきらめ、希望の先を子供にシフトするほうが賢明。ともかく早めに取り掛かることです。大きくなってしまうとやってくれません。

上の子が一番最初に「活躍」してくれたのは1歳のころでした。仕事のあと保育園から連れて帰り、夜9時ごろ食事の支度もせずにリビングの床に倒れて寝てしまっていた(気絶に近い)ときのこと。

意識が消えていく中うっすらと、子どもが私の体にタオルをかけ、背中をトントンしてくれているのが分かりました。

1歳ですよ・・なぜそんなことができるかというと、保育園のお昼寝のときに保育士さんがいつもやっているのを真似していたんです。

夢か?と思いましたが、はっと(1時間くらい経って)起きてみると確かに体にタオルが掛けてあり、娘が隣ですやすや寝ていました。

これも一種の「家事」(寝かしつけ?)だと思います。

 

レタスをちぎる、コップを出す、などは2歳3歳でもやります。却って邪魔なのは承知の上でやってもらう。褒めながら。

見てるとじれったいし、根気がいります。でも夫に頼むよりはよっぽど精神的に良いのです。本気で戦力になるまでにそう時間はかかりません。

ポイントは、

小学校3年生くらいまでに「私は家事ができるのが自慢」と子供自身に思わせることです。

中学生になるころには、「この家は私の家事力で成り立っている」くらいに思うようになり、しかもそれは事実となります・・そういう子が家に2人いれば、もう怖いものなしです。

根気よく「お手伝いしてもらう」→「褒める」→「またお手伝いしてもらう」を繰り返していけば、小学校に上がるくらいになれば「お米を研いで炊く」「洗濯物を畳む」「新聞をまとめておく」「サラダを作って納豆や卵掛けごはんと一緒に親を待たずに先に食べておく」「お風呂を洗って先に入っておく」など、かなり「自活」できるようになります。

※ただし・・火を扱うのだけは、小学校高学年くらいまで慎重になった方がよいです。かならず、母の横で十分に修行を積んでからフライパンデビューしてください。

※レンジでチンしてはいけないもの(木の器、アルミホイル、加熱で破裂するものなど)にも注意。うちは、全部やってしまいました。本当に危険なので小さい頃からよーく言って聞かせておいてください。トースターも、焦げから火事になることがあります。

子どもだけでのお留守番は・・

※戸締りだけは厳重にご注意ください

※隣近所の信頼できる方に「子供に何かあったら助けてください」と頼んでおく

③ 自分は、出来る限り楽をする。

最低限のことは子供たちも自分たちでやれるようになります。だから他の家事は出来る限り手を抜くことです。こんなに頑張ってるんだから、家が少々汚れていようが誰にも文句など言わせません。

④ 夫には「浴室内のお掃除」OR「草むしり」どちらか一つをごく、たまにお願いする。

男性は、一つのことをとことん完璧にやれるのですって。女性は、同時進行で広く浅く、が得意らしいのです。それを聞いて納得しました。だって、「ここだけ綺麗にしてほしい」と頼むときっちりやってくれるんです。後は、ほんとに助かるから、助かった、と言えばいいだけ。もう、これ以上望まない。望むと、せっかくゴールに近づいていたのが、びゅーんと100歩後退してしまいます。理想はいろいろあります。でももう夫を教育している時間はないですから。

つまり、家族全員が「これならお任せください」という役目を、たとえ小さなものでも誇りをもってやれるようになれば良いのでは?と思います。

ただ・・

全員、忙しくて疲れがたまっていますから、諍いが起こることもあります。もしもそんな不穏な空気を感じたら・・最も疲れていそうな人に、すぐさま寝てもらう。ささ、どうぞどうぞ、もう寝てください、と。

睡眠不足と空腹が重なると、たいてい危険な兆候が表れます。

⑤ 勉強は、どこでもできる。

食事中や洗濯もの干し中なども15分くらいあるといろいろ出来ます。例えばテストに出そうな時事問題を予想しあったりとか、英単語を確認し合うとか。朝もお弁当を作りながらよくいろんな事を喋りました。机に向かってるだけが勉強時間ではないです。いつでも、やろうと思えばいろんなことが出来ます。

車の中では、乗り込むと子供たちはまず何か口にいれ(バナナかおにぎりか唐揚げか果物)それから学校の宿題、あるいは試験勉強。とても時間がないので、絶対覚えなきゃだめなところだけ覚えます。教科書、参考書類は重たいからちょっと荒業ですが、単元ごとに裂いて持ち歩いていました。(表紙を取ると、案外簡単にバラバラになるんです、乱暴なので真似しなくてもよいですけど)きれいな包装紙でカバーを付けると可愛くなります。

残った時間は、車中でほんの5分で良いので眠れると良いですね。レッスンに集中できます。

仕事との両立に絶対に欠かせないのは、私の場合、「生協」です。転勤して全国津々浦々行きましたが、各地でお世話になりました。食品はもちろん、衣類も日用品も、すべて揃います。気になる方は一例ですが、

生協の宅配

生協の宅配パルシステム

【パルシステム】

【生活クラブ】 (配達エリア 茨城・栃木・群馬・千葉・埼玉・東京・長野・神奈川・静岡・山梨・新潟)

地域により、ほかにも探せばいろいろあると思います。

とにかく出来る限り時間と労力を省いて、疲れをためないように。

余った時間と体力で、子供たちと笑顔で過ごしたいですよね。

学費・レッスン代のこと

  • 何にお金がかかるか?
  • 学費は計画的に貯める
  • 音高に入るまでが一番つらい
 

※下記は、あくまで我が家の例です。後になって、そんなにかからなかったわ、という人にも会いました。そういう方に聞いた例は、後ろの方にまとめました。ちなみにうちは私立です。芸大は入学後はもちろん楽だと思いますが、入るまでの費用は同じだと思いますよ。

ヤマハのJ専に入るとき、週に2回通う、と聞いただけでおののいていました。雀の涙しかないパート収入が全部なくなる、とうろたえました。それが嫌で、2年近くもJ専を保留にしてぐずぐず悩み、おかげで進度がずいぶん遅れてしまいました。

それが、ほんの数年後には・・いったんこの世界に足を踏み入れると、もうめまいがしそうなほどの勢いでお金が飛んでいきます。

おおざっぱに書き出してみます。

個人の先生は、実技が月4回で2~3万円。中3は倍通ったので、金額も倍になります。ソルフェージュは小学生の時ですが月4回グループで1万5千円くらい。小学校の高学年からは大学の先生のレッスンが入り、そちらは月に2回で4万円

ときどき補講や、ホール練習が入るのでそれらに月に1万円くらい。

コンクールを受ける場合は予選1回が1万~2万5千円程度まであります。突破していくとどんどん膨らみ、嬉しいけれども頭を抱えることになります。

年に1、2回の発表会はCD購入、写真代、参加費合わせて1回が2万5千円くらい。これ以外にバイオリンは伴奏謝礼がピアノ合わせ2回と本番、合わせて3万円。それと、ドレスが・・靴が・・と積み重なります。

お中元お歳暮に一人の先生に1~2万円ずつ。

だいたい、これくらいだったかと。

書いてみると、とんでもないことだと今さらながら思いますね・・二人いたらなおさらです。でも一人あたりで考えれば、例えば塾通いも高額になると聞きますから、、どうでしょう。

上に書いた内容は、だいたい平均的かそれ以下という金額だと思います。

今ある貯金と、1年に貯められる貯金と、出費の予想を表にしておくのが良いと思います。いつまでに、いくら必要か、というシミュレーションを何度でもやっておくのが良いかと。足りないなら、そのときはもう、稼ぐしかない。事情があり働けない、というのであれば、、難しいですね。奨学金などもありますが、給付型でないものはどうか慎重に・・
上に書いたようなすさまじい出費を乗り越えた身には、音高の授業料は安いと思えます。なにしろ、素晴らしい先生方のレッスンを毎週受けながら、少人数制の高度かつ、きめ細やかな授業を日々受けられるのです。全部ひっくるめても、それまでのレッスン代以下の授業料で。そのうえお友達も高い志の子どもたちばかり。自由な校風。充実の毎日が待っています。大学からではなく、高校から行くと良い、と言われるのはそのためでもあります。
 

人それぞれ、いろいろ。

  • 親孝行コース
  • 入った後に悩むのは
中には、上に書いたようなものとは全く違うルートで、すっと音大に入って来られる方もいらっしゃいます。ピアノの例をあげてみます。

子供のころからピアノを習い、おそらくは最初から持って生まれた素質があったのでしょうが、周りに専門の道へと声をかける人がいなかった。親も、考えてもいなかった。そのため、中学生ごろまでは「好きだから、もっと上手になりたいから練習する、部活も勉強もあるけど、教室は辞めない」というスタンスで続けていた。そして着々と上達してきた。高校に入り、1年生の終わりくらいに進路のことを意識したとき、「音大」という考えが初めて浮かんだ。そこで、通っている教室の先生に相談する。先生は大学の先生を探して紹介してくださるという。そこから受験用のレッスンに切り替わり、同時進行でソルフェなどのお勉強も一気に進める。もともと頭もカンもよく、すぐ追いつく。実技も、「好き」「絶対にこの道へ進む」という強い意志に支えられているのでどんどん突破していく。そして、難関音大に現役合格。

このように高校は進学校で、成績優秀だった、という方がけっこういらっしゃいます。なぜか、すっごく上手だったりするのです。そういう方々って。

音楽への道。良いことばかり書きたいところですが、あえて真実を書くと、いざ進んでみると、悩みは後から後から出てきます。

つぎのようなケースを耳にすることがあるかと思いますが・・

「音大に入れたいという親の思い」だけが走ってしまい、子供の気持ちが追いついていなかった、というケース。

これは、ありそうでいて、あまりないようですよ。なぜなら、そもそも本人が好きでなければ、ここまで(音高音大)ついて来られません。嫌々やってきた、という人が入れるほど門戸は広くない、というか・・こういうケースは、もう少し前の段階で表面化するのでは、と思います。

そうではなく、意気揚々と入った後に悩むことが多いようです。例えば、

楽しんでやってきたが、「将来」についての熟考、シミュレーションが足りていなかったため、卒業が近づくにつれて悩むケース。

これは音楽に限らず、社会に出る前は皆悩むことです。

ただ、やはり専門分野なので選択肢はすでに狭いわけです。その中で、どう生きていくか、どう食べて行くか。もはや、男の子女の子は関係ないと思います。皆、自活できないと、これからは。

小さい頃から拍手を浴びて育ち、学校や町や、県のなかではトップで来たとしても、周りもそういう子ばかりなのです。

自分に何ができるだろう、と考えに考えることになります。受け身ではなく、自分の問題として。多いに悩むのが良いとは思うのですが、やはりそれでも・・

ある程度の心の準備を、親御さんと共に前もって丁寧に、整えておく必要があるのでは、と思います。

具体的に何を?というと、それはまさに人それぞれの価値観に基づくものであり、それを探していくのが子育てであり、ある意味自分の人生でもある?と思ったりもします。

今までやってきた音楽で、何ができるか。幼かった子供たちが成長し、たくさんの人と出会って、様々な経験を積んで、40歳くらいになったときにふと「これをやっていて良かった」と思えれば、残りの半分もいい人生になるのでは、と思います。