就職活動

昔のブログからの引用です。パートI。

仕事の話

音大を目指そうと(入学するのは子どもだが、、)密かに心に決めてから、子どもは相変わらずピアノに向かう毎日だが母親の私にもやることがあった。

就職活動だ。大学の先生に習うようになり、下の子も本格的に同じ道をたどり始めていたので、とにかく稼がねばならなかった。

同時に、夫にも、子どもたちの将来について一緒に考えてよ、と少しずつモーションをかけていたが、こちらは糠に釘。。ピアノの習い事など、節約家(けち)の夫がもっとも忌み嫌う「無駄遣い」でしかなく、まともに取り合ってもらえない。

夫の気持ちの変化を待っていたら、子どもは成人してしまう!そう思って、やはり資金は自分で稼ごうと思った。

私はもともとは会社員をしていたのだが、夫が転勤族なので結婚後は定職につくのが難しかった。子どもが小さいうちも行く先々で細々とパートには出ていたが、週に数日だけ、午前中だけ、などのお気楽なものばかりだった。

とりあえずは、毎日出勤するところを探そうと思った。その時住んでいた地域は求人が少なく、ハローワークに何度も通って地道に探した。

会社員を辞める前にギリギリ、社内PCでウィンドウズやネットに親しんでいたので、パソコンは使えた。ブランクは長いけれど慣れるのは早い方と思う、などとアピールして、一社から採用試験のご案内を頂けた。

印刷会社の入力補助員、とのことだった。入力、というからにはタイプのテストがあるはずだと思い、案内を受けた日から早速、新聞記事などの速打ち入力の練習をした。

採用試験

採用試験の当日、指定された時間に会社に出向くと同年代くらいの女性が一人、既に待っていた。どうやら、一緒に試験を受けるらしい。

最初に一人ずつ呼ばれて面接があり、そのあと二人一緒にパソコン操作の試験があった。

キーボードの上にA4の用紙が裏返しに置かれており、その印刷物と同じものを作成し、タイムを計るというものだった。

- 始めてください

と言われて、すぐさま取り掛かった。
新聞記事で練習していたのだが、あまり役には立たない。記号や特殊文字が多く、英文も長々とある。焦って手が震えてしまう!

速く打ってもミスだらけでは仕方ない。正確さの方を優先させた。
5分だか10分だかで、終了の合図が出た。

ハァー疲れた。隣の女性も、ぐったりしているように見えた。

結果は後日、電話連絡してくれるという。

採用のお知らせ

数日後、採用となりました、と連絡が来た。やった!

初出勤の日の朝、会社の入り口で、試験の日に会った女性にばったり会った。やはり採用の連絡を受けたという。たしか1名の募集でしたよね、でも良かったですね、とお互いに再会を喜んだ。後になって、

- 二人とも欲しい!って課長に頼んだの。なんせ人手不足でねぇ。

と、面接をしてくれた女性が教えてくれた。

本当に人手不足なのはすぐに分かった。やってもやっても仕事が山ほどあり、トイレに行けないくらいなのだ。

私たちの仕事は、ありとあらゆる印刷物の原稿を、ひたすらパソコンに入力するというものだった。

小説あり、広報誌あり、スーパーのチラシあり。高速バスや飛行機の時刻表もあった。

レイアウトなどは関係なく、テキスト文字だけをひたすら打っていく。単純ではあるが、入力の規則は原稿やジャンルによって厳しい決まり事があり、気は抜けなかった。

楽しかったのは小説系の読み物だ。渡される原稿の順序が前後してしまい話が飛んでしまうこともあるが、チラシの文字を追うよりは、ストーリーのある原稿が楽しい。原稿は手書きのものもあり、読めないものには付箋をはる、と言う決まりだったが、付箋だらけになることもあった。

ここの会社では、のちの会社勤めに大いに役立つスキルを色々と身に付けさせてもらった。本当に有り難かったと思う。

専業主婦からの挑戦

面接担当だった女性社員の上司がとてもカッコイイ方で、バリバリのキャリアウーマン風だったので憧れていた。ところが、話を聞くと、なんと40歳まで専業主婦をしていたというではないか!

その時点でまた40台後半だったので、ほんの短期間でそこまでになったということだ。

最初は、やはり新聞記事でタイプの練習をしたという。思わず、同じです私と!と笑ってしまった。

その女性は私たちがテキスト文書にしたデータを加工し、印刷直前の行程まで持っていく間のシステム作りをほぼ一人でこなしていた。

テキスト入力の合間に、そのお手伝いをさせてもらえることが時々あった。簡単なプログラミングを、少し教わったりした。例えば上の行にある文字を下の行に移す、など、超初心者向けのものだ。

何でも、大学でプログラミングを専攻していたため基礎知識はあったのだが、ブランクが数十年あったため、必死に勉強し直したのだという。すごい。すごいですねえ、と感心していたら、

-もし興味があったらだけど、もう少しやってみる?

と言われた。確かに少し好奇心はあったが、まず自分には無理だろうと思った。実は私も大学の選択科目で少々プログラミングを習ったが、さっぱり意味が分からなかったのだ。

でも、せっかく声を掛けて頂いたのにな、、と思い、

- 私に出来るものが有るでしょうか?

と聞いてみた。すると、

- そしたらね、これ、組んでみて。時間は掛かっていいから。これ参考にして。

と、参考書付きで、ひとつ課題をもらった。

悪戦苦闘すること1時間、、、

ギブアップした。

ステップアップ

やっとの思いで採用され毎日楽しく通った印刷会社だが、翌年夫の転勤が再び決まり、1年足らずでの退職を余儀なくされた。

ここの会社にお世話になった間に得たものは大きかったと思う。上司の女性の仕事ぶりやお人柄は今でも私のなかで人として、社会人としての目標となっているし、仕事そのものの進め方にも多少自信が付いた。

一緒に採用された女性とは毎日通勤も仕事中も一緒で、子どもが同い年ということもあり話が弾んだ。

仕事に行くのって楽しい、と強く思うようになっていた。

困難に見えるものでも、努力すれば出来るかもしれない、と思える範囲であれば、少しずつ責任のある仕事を任されるのは気持ちが良かった。

転勤が決まり新しい土地に移って一週間ほどで、私はまた仕事をしたくなっていた。

(というより実は、、引越しの前にまずピアノ教室を探したのだが、音大受験希望となるとどうしても月謝が高額になる。それに加えて大学の先生にもつかねばならず、もうレッスン代がどうにも追い付かない状態だったのだ。音大の学費を貯めるどころではなく、私は一刻も早く仕事を見つけなければならなかった。)

次の土地は街が大きく、求人も豊富だった。子どもも留守番が出来る年齢になりつつあり、私は思い切ってフルタイムの仕事を探してみようと、派遣会社に登録することにした。

派遣登録

派遣会社というところに初めて出向くことになった。

幾つもの会社に登録したので、場所によっては会社に辿り着くまでに家から数時間かかかることもあった。

大抵、最初に筆記試験やパソコン操作の試験があり、結果が出たところで面接があった。たしか、希望の職種などは事前にパソコンから登録していたと思う。

印刷会社で相当、鍛えられていたので、入力のテストは高得点を取れた。

エクセルやワードも、やはり印刷会社で一通り慣れていた。本当に有難い仕事だったのだ。

面接では、これだけ出来ればたくさんご紹介出来ますよ、と言ってもらえた。

追記・注)派遣会社で最初に試験・面接を受けて希望の職種を聞かれ、そのうえでスキルに合った会社の求人を紹介されるシステムとなっています。気に入った求人に応募すると、後日、面接があります。その際は派遣会社の営業の人が同行してくれます。そこで、条件が合わなかったり、応募者が多数いたりすると、落選します。

しかし、、

なかなか思うようにはいかないものだ。時間が経ちすぎてあまり覚えていないが、つらい、疲れた、と毎日思っていた。採用試験や面接に落ちてしまった日は、帰りの電車を待つ間に目に入る景色が全て、グレーに見えた。

何ヵ所で試験や面接を受けたか分からない。(ドトールが面接場所だった会社があったのを覚えている。)その間、無収入であり、交通費だけでもずいぶん掛かるのが痛かった。

採用が決まったのは、ゴールデンウィーク明けだった。

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