18 8月

親の「耳」

ピアノでもバイオリンでも言えることだと思うのですが、、

親が素人の場合、子供が新しい曲をもらうたびに「どう弾くんだろう?」と頭をひねるのです。

私も、ずっと子供と一緒に考え考え、練習を見ていました。

ピアノでいうと、、

昔、ヤマハの幼児科さんの教材に「かわいい花束」という曲がありました。

今もあるかもしれません。やさしげで可愛い曲です。

たしかこの辺りから「どう弾けば良く聞こえるか」と試行錯誤を始めたと思います。

(なぜ覚えているかというと、グレードの試験で満点が取れて嬉しかったのです。)

もちろん、ふつうに練習していって先生に見ていただき、そのあとで言われたところを直すのでも良いのですが、、

待てなかったんですよね~、レッスンまで。

無意識に、早く上手に弾いて欲しい、と思っていたのかもしれませんね・・と言ってもこの頃はせいぜい30分程度の練習でしたが。

毎回、相当に弾きこんで「先生、これでいかがでしょう」という状態で見てもらっていました。

自分では見本を示せない親ができることといったら、、子供の代わりに「耳」になることだと思うのです。なぜなら、子供は、やっぱりまだ子供なので「耳」がまだまだ未熟なのです。

 

~既にすらすら弾けているのが前提ですが~

たとえば子供に先生が弾いた録音と自分の録音の両方を聞かせます。

どっちが上手かと聞けば当然、

「先生の演奏の方がいい」

とは子供でもわかりますよね。

そこで、何が違うんだろうね?と聞くと、

「先生のほうが①速い②綺麗③強弱がある」

くらいまでは、言います。

(というか、初めて聴く曲は私も同レベル程度の感想だったりしました・・)

 

じゃあ、すぐできそうな①③をやってみようか~、と試しに弾いてみます。

そしてまた録音を聴く。

でも、やっぱり先生のとは何か違う。

②綺麗、にするには何かが足りない。

ここからが親作業です。

その「何か」を探す作業を、請け負う!

これは、ひたすら「耳」作業になります。

 

よーく聞き比べると、、

子供の演奏は「ふぁみふぁそみーど」と最後がブチッと切れてしまっている。

先生は「ふぁみふぁそみーどー」とやや伸ばしている?などと親は気づきます。

 

私は内心「よし、なんかわかったかも!」と思い、子供に伝え、弾いてもらいます。

・・でも、まだ違う。

うーんただ伸ばすのではまだ何か違うぞ。

最後はもっとふわっとした感じかな?

それには余程気を付けて指を置かないとダメなんじゃない?

手首をヤワっとしてみたり?

・・と、こんな風に子供と相談しながら進めていくのです。

(この頃の曲は私でも弾けたので、子供を押しのけてよく私も弾きました)

子供って「耳が未熟」というより、「言葉も未熟」なんですね、つまり。

当たり前か・・子供だから。

 

子供は、なにか違う、というところまでは分かるのですが、具体的にそれを言葉にはできません。

言葉にできないことは、実行できないのです(たぶん)。

だから、親が、口に出して言ってみる。

ガミガミではなく、ですよ。

これはいかが、という「打ち合わせ」のようなスタンスです。

 

子供は、最初のうちは親の言葉に「うん」と頷き、ママの言うとおりやってみるだけです。でも、そうやって自分なりに仕上げていった曲を先生やお友達の前で弾くと「アラー上手に弾いてきたね」ととても褒められます。

さらに、(こう言うと申し訳ないですが)他のお友達の演奏を聴くと、そのときには子供も明らかに違いが分かるのです。「そこはもっと優しく指を置いたらいい」などと心の中で思う程度に、具体的な言葉で理解できているのです・・

 

本来はここまで来て初めて、「〇(マル)をもらえる演奏」になる気がします。

最初は単なる「真似」弾きなのですが、先生のレッスンを受けて修正、録音して聴く、考えて試して弾く、を繰り返すうちに確信を持って自分の演奏をするようになります。

そして、寂しいことに、ある時期から親の「耳」も必要なくなり、自分で研究するようになります・・

 

音高・音大では「弾き合い会」というのが活発に行われます!

お互いの演奏を聴いて意見を言い合うのです。

いろんなアイデアをもらって、大いに刺激を受けるようですよ。