21 11月

先生とのメール

レッスンを続けていて大変だな、疲れた~と思うことはいろいろあると思うのですが、私にとっては「先生とのメールのやりとり」もそのひとつでした。

おもにレッスンの日程調整のための連絡なのですが、ほかにもコンクール参加の打診、伴奏の先生との連絡、選曲の相談、演奏会や食事会のお誘い、などなど数名の先生からのメールを常に気にかけておかねばならず、チェック漏れがないように、粗相のないようにと日々気を張ってぐったりしていました。

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そんなに気を遣わずとも良かったのでは・・なんて今は思うのですが。

やっぱり、目指すものがあり、そこに到達するまで導いてくださっている先生なのだ、という意識が自分の中に強くあったからだと思います。意識としては、もはや「会社の上司」や「姑」よりもよっぽど気を遣う相手、というのが正直なところ。

たぶん、これをやっていなかったら、誰かに対してこんなに気を遣うことって一生なかっただろうなー、とすら思いますよ・・もともと対人関係でそんなに悩むことはなかったし。

と、そんなにまで神経をとがらせておくのにくたびれていたある日、ピョロリーン、とまた先生からのメールが届きました。このメールの音にチクッと胃が痛むんです・・開いてみると、「来週のレッスン、都合がつかなくなりました。土曜日に変更できますか?」というご連絡。なんだ、日程の変更ですね。ほっ。お安い御用です。土曜日でしょうが、日曜日でしょうが、いつ何時でも都合つきますよ、いえ、つけますとも!と思いながらいつものようにお返事を即、用意しました。そばにいる子供に「次のレッスン土曜日に変更になるけど大丈夫だよね?」と聞きながら。

子供は、「えー、土曜日? んー、たぶんねー」などと呑気に言う。あなたね、あなたの為にママはこんなに気を遣ってるんですよ・・たぶんねー、って、それを先生に言えますか? なぜママが「たぶんねー」を綺麗な言葉に置き換えるのに苦心しなければならないのか? そうだ、自分でやりなさいよ、自分で!あなたのレッスンの連絡でしょうに!

以来、日程の調整についてのメールは子供が「自分で連絡する」ということになりました。まだ小学生でしたが、高学年だったと思います。とはいえ送信ボタンを押す前には一応私が目を通します。CCには母のアドレスも入れてもらう。

最初のうち、といっても数年間くらいは私がチェックしてから送信していました。敬語の使い方もおぼつかないうちからなので本人も苦心していましたが、中2か中3くらいには場面に応じて文面を上手に使い分けることもできるようになっていました。どんどん楽になりましたよ、あ~楽。子供は反対に、神経を遣うようになっていましたが。親の気持ちが分かったでしょうね。

子供には無理、任せられない、と思うようなことでも任せてしまうと意外に責任持ってやるようになるのかもしれません。家事でもなんでもそうですが・・かえって手間が増えるのは最初のうちだけ。だんだん、出来るようになるのでは、と思います。